連載:⽇本の賃貸⽂化をたどる【第 1 回】江⼾の⻑屋
【第 1 回】江⼾の⻑屋に学ぶ、借りて暮らす知恵
— NHK『べらぼう』の世界から考える“ニッポン賃貸”の原点 —
「借りて住む」という行為は、単に“家を借りる”ことではありません。人と人が関係を結び、暮らしの秩序をつくり出す文化の一形態です。本連載では、江戸・戦前・戦後といった日本の暮らしの変遷から、賃貸の原点にある知恵と人間関係のあり方を探ります。
初回は、NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』でも描かれた江戸の長屋文化を手がかりに、現代の賃貸に通じる価値をひも解きます。

長屋という“シェアの原点”
江戸の町を歩けば、路地の奥にずらりと並ぶ長屋が目に入りました。一棟をいくつもの部屋に区切った小さな集合住宅。間取りは四畳半と土間、仕切りは障子一枚。その向こうは、もうご近所さんです。プライバシーは薄いけれど、孤独はありません。井戸端では誰かが笑い、夕暮れには子どもの泣き声、風呂屋帰りの談笑が響く。そんな日常の中に、自然と“共有”の文化が息づいていました。味噌や醤油の貸し借り、子どもの見守り、冠婚葬祭の手伝い。「お互いさま」という言葉が、長屋の住民の合言葉だったのです。個々の設備は不完全でも、関係性が暮らしを支える。これこそ、現代のシェアハウスやコレクティブ住宅に通じる“原点”ともいえます。
家守という“つなぎ役”
長屋暮らしに欠かせなかった存在が、家守(いえもり)=大家です。家賃の取り立てだけでなく、住人同士の揉めごとをなだめ、雨漏りや修繕の相談に応じ、時には役所との連絡役にもなりました。家守は「管理会社」であると同時に、「頼れる近所のおじさん・おばさん」でもありました。困ったときは最初に相談できる、心理的にも近い存在。いまの私たちが“顔の見える管理”を求めるのは、こうした「人に管理される安心」の記憶が社会に残っているからかもしれません。
循環で成り立つ“エコな暮らし”
長屋の経済は、いまの言葉でいえば“循環型”でした。共同の井戸やトイレをみんなで使い、壊れれば協力して修理。使い終わったものを分け合い、余ったものは次の人へ。ものを所有するより、必要なときに必要なだけ借りる。それが自然に行われていたのが、江戸の町人文化でした。
現代の“サブスク”や“シェアリングエコノミー”も、突き詰めればこの長屋の精神に通じます。
「完璧な個室」より、「不完全でも心地よい共同体」。この価値観は、300年を経た今もなお、新しいライフスタイルとして再発見されつつあります。
不自由さの中で育まれた「ルールとマナー」
もちろん、長屋暮らしは不自由でした。壁は薄く、火事のリスクは高く、災害が起きれば一蓮托生。それでも人々は、互いに助け合いながら快適さを生み出す知恵を育んできました。
・井戸は譲り合って使う
・火の始末は当番制で見回る
・夜更けの三味線は控える
そうした小さなルールとマナーの積み重ねが、安心して暮らせる環境をつくりました。
現代のマンション管理規約も、実はこの精神を受け継いでいます。「自分さえ良ければいい」ではなく、「共に暮らす」という意識。それが賃貸の本質だといえるでしょう。
現代に受け継ぐ“江戸の知恵”
ATCでは、この長屋の思想を現代の不動産運営と暮らしづくりに活かしたいと考えています。賃貸を“モノとして貸す”のではなく、“人が集う場所を運営する”という視点です。
現代に活かす3つの視点
- 管理品質の「見える化」
担当者の顔がわかる管理体制や、修繕・対応履歴の共有など。住む人にとっての「安心の窓口」を提供します。 - 「暮らしの物語」まで提案
賃貸住宅の設計時には、間取りや設備だけでなく、居住者の暮らしのスタイルや地域との関係性まで、“ここでの時間”を具体的に想像できる提案を行います。
賃貸の価値は、もはや立地や広さだけでは測れません。「どんな物語を築けるか」が、これからの満足度を左右します。
いい関係がいい暮らしを生む
江戸の長屋は、決して便利でも快適でもありませんでした。しかし、人が人を支える仕組みが確かに存在していました。「住むこと」は「生きること」であり、「借りること」は「誰かと関わること」。NHK『べらぼう』の世界に映る長屋の人情は、その本質を優しく思い出させてくれます。いまの賃貸にも、この“人の温度”を取り戻せたら——同じ四畳半でも、きっともっと豊かに暮らせるはずです。
次回予告
次回は、時代が明治へ移り変わり、学生街に生まれた「下宿文化」へ。
人が学び、働き、旅立つ拠点としての“借りぐらし”を追いかけます。
参考文献:
・興津 要『大江戸長屋ばなし』(中公文庫)
・江戸東京博物館 公式サイトhttps://www.edo-tokyo-museum.or.jp/